鴨とタンポポ
春はそこまで。
といえばはっきり言って嘘になる。
3月上旬はそんな天気の悪さがつづいていますが
自然にさからっても仕方がないと、
昼には、春を待ちながら温めていた仕事をすこしだけしています。
京都で長く修業していた当店の料理長は
あちらの食材の知識もルートもありますので
西から鴨をいただこうという話になりまして。
鴨すきは終わってしまいましたが
鴨鍋をはじめてみましょうかと。
でもせっかくですから
「北京ダック」もはじめてみましょうかと。
北京ダックと言えば映画「タンポポ」
伊丹映画の二作目で、
まだ若い役所広司さんと黒田福美さんの
黄身の口うつしが話題にもなりましたが
コミカルなシーンもまた多く。
その中のひとつが”自称大学教授のスリ”が出てくるシーン。
皮の中に丁寧に巻き上げた北京ダックを
ゆっくりと食みつつ鋭い目つきであたりを警戒しながら
相手のポケットに手を入れた瞬間。
ガチャリと手錠がかかり、刑事らしき男が
「またおまえか」と
”自称大学教授のスリ”を捕まえます。
あれから幾年。
ふと気づいたのですが
この”自称大学教授のスリ”役の
中村伸郎さんが演じられた代表作の一つが
田宮二郎さん時代の「白い巨塔」の東教授。
いろいろなことに
造詣が深かった伊丹さんのことですから
きっとこれはひとつのオマージュ鴨。
「だんな、一口だけ」そう馴染みの刑事にねだって
連行直前に食べた北京ダックは
さぞかし美味しいに違いなかったことでしょう。